聖徳太子さまの1400年ご遠忌にあわせて、中之坊太子殿に祀られる聖徳太子7才像が霊宝殿にて移され、7年ぶりの一般公開が行われます。
聖徳太子7才の「経論被見」の姿をあらわし、「御愛太子(おんあいたいし)」と呼ばれ、大切に衣裳を着されて受け継がれてきた御像です。
また、聖徳太子像と弘法大師像が描かれる珍しい「山越阿弥陀図」もあわせて公開されます。
「御愛太子(おんあいたいし)像」聖徳太子七才立像(着衣) 鎌倉時代 像高79.5cm
上半身裸形、下半身に短い裙(くん)をつける童形の聖徳太子像で、衣装を着して安置されている「裸形着装像」。大きめの頭部、ふっくらとした肉付きなどでこどもらしい体躯を表現しながら、面相は目尻をつり上げ口許を固く結び、聖徳太子の理知的な厳しさを表しています。
聖徳太子古像を感得することを熱望した當麻寺中之坊・光實(こうじつ)の求めに応じ、安政元年(1854)に法隆寺北室院・法倫(ほうりん)が、「御愛太子(おんあいたいし)像」を附属する顛末が、法倫僧正の筆で記されている。
二上山の峰の間から阿弥陀如来・観音菩薩・勢至菩薩が姿を現す様子を描いた『山越阿弥陀図』は、中将姫がその様を感得し、恵心僧都が弘められことで全国に類本が伝えられています。当図は、阿弥陀三尊に加え聖徳太子と弘法大師を描くことにその特徴があります。
『建久御巡礼記』『上宮太子拾遺記』などの文書によると、當麻寺には萬法蔵院という前身寺院があり、その萬法蔵院は用明天皇第三皇子である麻呂子親王が、兄である聖徳太子の勧めにより建立したと記録されています。
當麻寺創建の基である聖徳太子と、弘仁期に真言密教を伝えた弘法大師をともに描く当画は、「當麻寺縁起曼荼羅」の別称でも呼ばれていた貴重な画幅です。 | 期間 | 令和3年9月3日~10月11日 |
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| 受付 | 中之坊 |
| 拝観料 | 特別拝観料は不要です。 通常通りの中之坊拝観料(大人500円/小学生250円)で拝観できます。 |
| 拝観時間 | 9時-17時 |
| 問い合わせ | 中之坊 |