由緒を知ってみましょう

《當麻寺》
當麻寺は、古代大和の“西方”に位置し、白鳳・天平様式の大伽藍を有する古刹。金堂の弥勒仏や四天王、梵鐘などの白鳳美術を今に伝えるほか、古代の三重塔が東西一対で残る全国唯一の寺としても知られています。
本尊として祀られる「當麻曼荼羅(たいま・まんだら)」は、奈良時代、藤原家の郎女・中将姫さまが写経の功徳によって目の当たりにした極楽浄土の光景を壮大な規模で表したもので、中将姫さまを常に守護し、導いた守り本尊「導き観音さま」とともに今も多くの人々のよりどころになっています。


《當麻寺の歴史》
1400年という長い歴史の中で、さまざまな変遷を繰り返しながら今に伝えられてきた當麻寺。
もとは聖徳太子さまの弟・麻呂古王が創建した万法蔵院がはじまりで、白鳳時代に河内から當麻の地に移り、奈良時代に当麻曼荼羅が表され、平安時代には密教文化が栄えました。平安末の焼き討ちによる危機を経た中世以降は、中将姫伝説の広まりとともに曼荼羅信仰の寺として再興し、寺の向きも南面から東面に変わり、近世には、真言宗に浄土宗が同居することも受け入れました。いろいろな顔を持ちながら、人々とともに生きてきた當麻寺の歴史を、少しずつ振り返ってみましょう。